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2016年07月22日

土佐日記

平安時代の前期までは、日本は唐から

文化を学んでおりましたが、

平安時代の中期になると

日本独自の文化が誕生し、

独自性のある時代が開かれてくるのです。

漢字を使っていましたが、この頃にかな文字

が広く使われるようになり始めます。

紀貫之は歌人でありましたが、土佐の国の

国司として勤めを終えた後、京へ帰るまでの事を

日記のように書いたのです。これはかな文字を

使った文学であります。

「土佐日記」です。

土佐日記は日本の日記文学としては最古であり、

後の文学に大きく影響を与える事になります。

かな文字の普及は主に女性を中心に流行った様子

ですが、紀貫之は土佐日記において、

このかな文字をつかったのです。

女性が書いたような雰囲気で演出されているわけです。

こういった独自の発想は、わが国独自の文化を色濃く

していく事に繋がっていったのでしょう。

漢字から生まれたかな文字。

日記や随筆などの文学作品、そのようなものが

次々に誕生してくることになるのです。

文字は時代を超えて今に当時の状況をありあり

と伝える事になるのです。

かな文字の普及は清少納言、紫式部などの

女性のすばらしい作家を誕生させることになりました。

「男もすなる日記というものを女もしてみんとてするなり」

女性になりきって書かれた土佐日記の影響は多くの

女性にも与えた事でしょう。


posted by おむすびライオン at 21:26| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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